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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2028号 判決

原告

峯松吉典

ほか一名

被告

北垣徹

主文

一  被告は、原告峯松吉典に対し、金二九七一万六一七九円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告峯松宏美に対し、金二八四九万八六四〇円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告峯松吉典に対し、金五九四七万九三二九円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告峯松宏美に対し、金五八四一万六六一五円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外亡峯松節子(以下「亡節子」という。)の相続人である原告らが、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成七年一二月一五日午後八時五五分ころ

(二) 発生場所

兵庫県加古川市平岡町山之上一四五番地の二先路上

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告は、普通乗用自動車(姫路五九ろ三一六六。以下「被告車両」という。)を運転し、右発生場所を、北から南へ直進していた。そして、被告車両から進行方向に向かって左側の道路端を、北から南に歩行していた亡節子に、被告車両の前部左側を衝突させた。

2  亡節子の死亡

亡節子は、本件事故により全身打撲の傷害を負い、同日午後九時二三分、右傷害により死亡した。

3  責任原因

被告は、本件事故に関し、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により亡節子及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

4  相続

亡節子の相続人は、夫である原告峯松吉典(以下「原告吉典」という。)と子である原告峯松宏美(以下「原告宏美」という。)である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度

2  亡節子及び原告らに生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故当時、亡節子は、原告宏美と並んで歩いていた。そして、亡節子の歩いていた場所は、車道の内側であった。

また、本件事故は、夜間発生したものであるが、亡節子の服装は黒っぽいものであった。

これらの事情によると、本件事故に対する亡節子の過失の割合は、少なくとも二〇パーセントあったというべきである。

2  原告ら

本件事故当時、亡節子と原告宏美とは縦に並んで歩いており、亡節子が前、原告宏美が後ろという位置関係にあった。

また、被告車両から見て手前にいた原告宏美は、白っぽい服装をしていた。

したがって、被告が前方に注意さえ払っていれば、亡節子及び原告宏美の存在に容易に気づくことが可能であった。

ところが、被告は、飲酒の上、制限速度を超過し、脇見運転をして、本件事故を引き起こした。

これらの事情によると、本件事故に対する被告の過失はきわめて重大であって、これとの対比において、亡節子には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しない。

五  口頭弁論の終結の日

本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年七月三日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  乙第九号証の二、三、六ないし八、一二、検乙第一号証の一ないし四、原告宏美及び被告の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所付近の道路は、片側各一車線、両側合計二車線の、歩道の設けられていない道路で、道路標示によって、車道と路側帯とが区分されている。そして、車道部分の幅員は合計約五・五メートル、路側帯の幅員はそれぞれ約〇・五ないし〇・六メートルである。

また、右道路は、住宅地を走る舗装された平坦、直線の道路で、最高速度が四〇キロメートル毎時と指定されていた。

(二) 本件事故の直前、亡節子と原告宏美とは、右道路の東端を、北から南に向かって歩いていた。したがって、右両名は道路の左側端を歩行していたことになる。

右両名の位置関係は、亡節子が前、原告宏美が後ろであり、亡節子は、路側帯をあらわす白線の道路標示のやや内側を歩いていた。

また、原告宏美は白っぽい服装を、亡節子は黒っぽい服装をしていた。

(三) 他方、被告は、被告車両を運転し、時速約六〇キロメートルで、本件事故の発生場所を北から南へ直進しようとしていた。

そして、本件事故の直前、被告は、右側の道路外に駐車していた大型貨物自動車に注意を奪われ、前方への注意が散漫になった。その後、被告が前方に視線を戻したところ、前方約五・五メートルの地点に亡節子及び原告宏美を認め、ハンドルを右に自然に切り、その後、ブレーキペダルを踏んだが及ばず、自車を亡節子に後方から衝突させた。

なお、被告車両が停止したのは、亡節子との衝突地点から前方約四五・三メートルの地点であり、路上には被告車両のブレーキ痕は残されていない。

(四) 被告は、本件事故発生当日の午後七時三〇分ころから午後八時四五分ころまでの間、ビールをコップで五ないし六杯飲んでおり、本件事故直後に警察官により実施されたアルコール検査により、呼気一リットルあたり〇・一五ミリグラムのアルコールが検知された。

また、本件事故の発生した道路は、夜間の照明はないが、前記のとおり平坦、直線の道路で見通しは良く、本件事故直後に実施された実況見分によると、被告が、右側の道路外に駐車していた大型貨物自動車に注意を奪われたのは、被告車両と亡節子との衝突地点の約三〇メートル手前であり、この付近から、約三〇メートル前方の道路左側端を歩行する歩行者を発見することは可能であった。

2(一)  歩行者は、歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯と車道の区別のない道路においては、原則として、道路の右側端に寄って通行しなければならない(道路交通法一〇条一項本文)。

そして、幅員約〇・五ないし〇・六メートルの路側帯は、歩行者の通行に十分な幅員を有するとまではいうことができないから、道路の左側端の路側帯をあらわす白線の道路標示のやや内側を歩行していた亡節子の通行方法には、まったく落ち度がないとまではいえない。

ただし、亡節子の落ち度ということができる点は、この点に尽きるというべきであって、単に右場所を歩行していた亡節子の服装が黒っぽいものであったことをもって、亡節子の落ち度と評価するのは相当ではない。

(二)  他方、前記のとおり、被告には、前方不注視、時速約二〇キロメートルの速度違反の過失がある。

また、前記のとおり、被告車両が停止したのは、亡節子との衝突地点から前方約四五・三メートルの地点であるが、右速度に照らしても、被告が自車に適切な制動措置を講じたとは認めがたい。そして、前記認定の被告の呼気から検知されたアルコールの量に鑑みると、本件事故当時、被告は、視覚から得られた情報により危険を判断する能力、及び、危険であるとの判断にしたがって自らの身体の行動を制御する能力が、アルコールの影響のために、やや緩慢になっていたというべきである。

(三)  右(二)の事実によると、被告には、著しい過失があったというべきであって、前記亡節子の落ち度の内容と対比した場合、亡節子及び原告らの損害賠償額を算定するにあたっては、亡節子の落ち度を無視しても足りるほど被告の過失が重大であるとするのが相当であり、結局、亡節子には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しないというべきである。

したがって、過失相殺に関する被告の主張は採用の限りではない。

二  争点2(損害額)

争点2に関し、原告らは、別表の請求欄記載のとおり主張する。これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、亡節子及び原告らの損害として認める。

1  亡節子の損害(逸失利益)

甲第一号証、第四号証、乙第九号証の四、原告吉典の本人尋問の結果によると、亡節子は、本件事故当時、満四二歳であったこと、昭和五五年ころから加古川市のホームヘルパーの仕事をしていたこと、平成四年ころから、正式に加古川市役所に採用されたこと、亡節子の平成七年一月分から一二月分までの収入は合計金五四〇万三六六三円(甲第四号証のうち、右期間に相当する欄記載の金額及びこれに続く「給与改定差額」欄記載の金額の合計)であったことが認められる。

そして、これらによると、亡節子の死亡による逸失利益を算定するにあたっては、右金五四〇万三六六三円を逸失利益の算定の基礎となる年間収入とし、生活費控除を三〇パーセントとし、右金員を今後二五年間得る蓋然性が高いものとして、事故時における現価を求めるため中間利息の控除を新ホフマン方式によるものとするのが相当である(二五年間に対応する新ホフマン係数は一五・九四四一)。

よって、亡節子の死亡による逸失利益は、次の計算式により、金六〇三〇万九五八〇円となる(円未満切捨て。)。

計算式 5,403,663×(1-0.3)×15.9441=60,309,580

なお、原告らの主張する逸失利益のうち右金額を超える部分は、本件全証拠によっても必ずしも立証されたとはいいがたい将来の昇給、退職金の受給資格の取得、年金の受給資格の取得等を前提とするもので、採用の限りではない。

2  原告吉典の損害

(一) 相続分

前記のとおり、亡節子の相続人が、夫である原告吉典と子である原告宏美であることは、当事者間に争いがない。

よって、原告吉典は、亡節子の逸失利益の二分の一に相当する金三〇一五万四七九〇円を相続した。

(二) 葬儀費用等

甲第六ないし第九号証、原告吉典の本人尋問の結果によると、原告吉典が亡節子の葬儀関連費用金一〇二万六七一四円、病院から自宅への遺体移送費金一万三〇〇〇円、霊柩車費等金一万三〇〇〇円、病院における措置費用金一万円、以上合計金一〇六万二七一四円を負担したことが認められる。

そして、右認定の亡節子の年齢、職業等に照らすと、右金額はいずれも本件事故と相当因果関係のある損害である。

(三) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、亡節子の年齢、職業、家族関係、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、亡節子の死亡により生じた原告吉典の精神的損害を慰謝するには、金一一五〇万円をもってするのが相当である。

(四) 小計

(一)ないし(三)の合計は金四二七一万七五〇四円である。

3  原告宏美の損害

原告宏美については、原告吉典に関して判示したのと同様の理由で、亡節子の逸失利益の相続分金三〇一五万四七九〇円、慰謝料金一一五〇万円、以上合計金四一六五万四七九〇円を認めるのが相当である。

4  損害の填補

(一) 原告らに対し、自動車損害賠償責任保険から、金三〇〇〇万二六五〇円が支払われたことは、当事者間に争いがない(別表欄外注参照)。

そこで、原告らの相続分にしたがい、原告らの各損害に対して、右金額の二分の一に相当する各金一五〇〇万一三二五円の損害の填補があったとするのが相当である。

(二)(1) 乙第六号証によると、兵庫県市町村職員共済組合は、原告宏美に対し、亡節子の公務外遺族共済年金として、年金額を金六一万九三〇〇円とする旨の決定をしたことが認められる。

(2) ところで、被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人がその不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある。

そして、損害と利益との間に同質性があるか否かを判断するにあたっては、当該給付と損害賠償制度との間に、被害者への重複填補を排除するとともに加害者が損害填補の負担を免れる不合理を避けるための調整規定が設けられているかどうか、費用の負担者及び負担の割合がどのように定められているか等の諸点を総合的に考慮した上で、当該給付が本来損害の填補を目的としているかどうかについての検討をする必要がある

(3) 地方公務員等共済組合法九九条以下に定める遺族共済年金は、同法の定める保険給付の一つであり、死亡した地方公務員の属していた地方公務員共済組合は、給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する(同法五〇条一項)。

したがって、同法による遺族共済年金は、死亡した地方公務員の損害の填補をも目的としているものと解され、原告宏美の受ける給付を同人の損害賠償の額から控除する必要がある。

(4) 地方公務員等共済組合法七五条一項によると、同法所定の年金である給付は、その給付事由が生じた日の属する月の翌月からその事由のなくなった日の属する月までの分を支給することとされている。また、同法九九条の七第二項は、遺族共済年金の受給権者である子は、満一八歳に達した日以後の最初の三月三一日が終了したときに、受給権を失うこととされている。

そして、甲第一号証によると、原告宏美は平成八年二月一二日に満一八歳になることが認められるから、同原告は、前記認定の年金額金六一万九三〇〇円につき、亡節子が死亡した日の属する月の翌月である平成八年一月分から三月分までに相当する金一五万四八二五円の遺族共済年金を受給することとなる。

よって、原告宏美の損害から、右金額を控除するのが相当である。

なお、地方公務員等共済組合法九九条の四第一項により、原告吉典は右遺族共済年金の受給権者ではないことが明らかである。

(三) よって、原告吉典の損害から、(一)記載の金一五〇〇万一三二五円の填補があったものとして右金額を控除すると、控除後の金額は金二七七一万六一七九円となる。

また、原告宏美の損害から、(一)記載の金一五〇〇万一三二五円、(二)記載の金一五万四八二五円、以上合計金一五一五万六一五〇円の填補があったものとして右金額を控除すると、控除後の金額は金二六四九万八六四〇円となる。

なお、被告は、被告の加入する保険会社が亡節子の治療費を負担した旨主張するが、前記のとおり、本件では過失相殺による減額を行わないので、右治療費については、損害にも損害の填補にも計上しない。

5  弁護士費用

原告らが本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を、原告らそれぞれにつき各金二〇〇万円とするのが相当である。

第四結論

よって、原告らの請求は、主文第一、第二項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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